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2016年 若宮おん祭 後宴能

≪羽衣≫

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 - あらすじ -

 三保の浦で海に漕ぎ出していた漁師の白龍たちは、春になった美しい三保の松原の景色を嘆賞しつつ、その三保
の松原に戻ってくる。すると虚空より花が降り音楽が聞こえ妙なる香りが立ちこめる。これはただ事ではないと思って
いると、松に美しい衣がかかっている。白龍はその衣を手に取って持ち帰ろうとしたが、天女が現れ、それは私の衣
ですので返してほしいと告げる。白龍は、天人の物であるなら国の宝として地上においておくべきだと言い戻そうとし
ない。天女は衣が無ければ飛ぶ事もできず、天上に帰る事ができないので、そういわずに返してほしいと言う。しかし
白龍は、ますます返そうとせず、立ち去ろうとする。天女は、天上界の事を思い出して哀しみ、なげいている。白龍は、
その姿を見て痛々しく思い、衣を天女に返す事を告げる。ただし、天女の舞を舞って欲しいという。天女は喜び、舞を
舞うことを約束するが、衣を着ないと舞えないので先に衣を返して欲しいと告げる。白龍は、先に衣を返せば舞を舞わ
ずに帰るつもりであろうと天女に言うが、天女から、そのような疑いは人間界のものであり、天には偽りは無いと諭され
る。白龍は、恥ずかしい事を行ってしまったと思い、衣を天女に返した。

 天女は衣を着て舞い始めるが、その姿は雨に濡れた花のような美しさであった。月宮殿では舞の奉仕をする乙女の
一人である事を明し、この舞が、後世の東遊びの駿河舞になることを教える。天女は、三保の松原の春景色が天上界
のようであるといい、その美しさを讃え、「君が代は天の羽衣まれに来て撫づとも尽きぬ巌ならなむ[注釈 1]」と詠まれた
歌のようだと歌い舞っていると、それに合わせて、笙、笛、琴の音なども聞こえてくる。その舞姿は、雪が舞うような美しさ
であった。そうやって、東遊びの舞の曲を次々と舞い、国土の繁栄を祈念し、様々な宝物を降らし国土に恵みを施しなが
ら、十五夜の空に輝く満月のようになって富士山の高嶺に昇ってゆき、天空の霞の中に姿を消してゆく。

                                           ウィキペディアより転載

≪因幡堂≫

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- あらすじ -

 大酒呑みの妻を持つ男が、妻の留守中に離縁状を送りつけ、新妻を得るために因幡堂の薬師へ妻乞いに
やってきます。
 
 薬師のお告げを夢見に聞いた男は、早速その出会いの場所へ行くと、そこには女性が一人立っていて・・・。

                                        狂言共同社 様HPより転載

≪黒塚≫

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- あらすじ -

 廻国巡礼の旅に出た熊野那智の山伏・東光坊祐慶(ワキ)とその一行は、陸奥国安達ヶ原で、老媼(前ジテ)の
住む粗末な小屋に一夜の宿を借りる。老媼は自らの苦しい身の上を嘆きつつ、求められるまま枠桛輪[2]で糸を
繰りながら糸尽くしの歌を謡う。やがて夜も更け、老媼は「留守中、決して私の寝所を覗かないでください」と頼み、
山伏たちのために薪を取りに出る。

 しかし、山伏に仕える能力[3](アイ)は、寝所の中が気になって仕方がない。山伏との攻防の末、ついに密かに
部屋を脱け出して寝所を覗くが、そこには大量の死体が積み上げられていた。

 能力からの知らせを受けた山伏は、「黒塚に住むという鬼は彼女であったか」と家から逃げ出すが、正体を知ら
れたと悟った鬼女(後ジテ)が怒りの形相で追ってくる。山伏は数珠を擦って何とか鬼女を調伏し、鬼女は己の姿に
恥じ入りながら去っていく。

                                         ウィキペディアより転載




 ■撮影日  2016年12月18日(日)
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2016年 若宮おん祭 お渡り式

⓪おん祭り

 ご神霊が多くの供奉(くぶ)を従えてお旅所の行宮(あんぐう)へ遷られることを一般にお渡りと言うが、おん祭の
場合はご神霊の行列ではなく既に行宮へ遷られた若宮神のもとへ、芸能集団や祭礼に加わる人々が社参する
行列の事をいう。
 この様子は、意匠を凝らした華やかな風流の行列としておん祭の大きな魅力の一つとなっている。明治以降加
わった先行の行列と古式を伝える伝統の行列が、登大路を西に下り、近鉄奈良駅より油阪を経て、JR奈良駅前
からまっすぐ東へ三条通りを登り、一の鳥居を入ってすぐ南側の「影向の松(ようごうのまつ)」の前で「松の下式
(まつのしたしき)」を行ってお旅所へ練り込む。
 中心は平安時代から江戸時代に至る風俗を満載した伝統行列の部分である。創始の際には「楽人・日使・巫女・
伝供御供・一物・細男・猿楽・競馬・流鏑馬・田楽」とその骨格を整えており、旧儀が長く守られながら、時代の流れ
に応じた姿を見せるのがこのお渡りである。(お渡り行列の衣裳は、十二月十五日から大宿所で拝観できる。)

①日使

 - 第一番 日使(ひのつかい) -

 赤衣(せきえ)に千早(ちはや)と呼ぶ白布を肩にかけ先を長く地面に引いて進むのが「梅白枝(うめのずばえ)」と
「祝御幣(いわいのごへい)」で、次に青摺りの袍を着けた「十列児(とうつらのちご)」(騎馬。四人。巻纓冠
(けんえいかん)に桜の造り花を挿し、お旅所では東遊(あずまあそび)を舞う。)、頂に鶴を飾った風流傘を
差掛けられた「日使」(騎馬。一人。黒の束帯(そくたい)に藤の造り花を冠に挿す。)が続く。
 日使(ひのつかい)とは関白藤原忠通がこの祭に向かう途中、にわかに病 となり、お供の楽人にその日の使い
をさせたことに始まるといわれる。関白の格式を表わすものとして、この行列の中心的な存在といえる役である。
 その後には緋色の衣冠に山吹の造り花を冠に挿したお供の陪従(べいじゅう)(楽人。二人。)が続き、松の下では
馬上で短かい曲(音出(こわだ)し)を奏する。

②神子

 - 第二番 神子 -

 白の被衣(かずき)をいただき風流傘を差しかけられながら騎馬で進む女性が巫女(みこ)(拝殿八乙女)である。
 春日大社では巫女を伝統的にミカンコと呼ぶ。錦の袋は「御蓋(おんかさ)」で、春日明神が影向された時に用いた
ものと伝えられている。他に「郷神子(ごうのみこ)」「八嶋神子(やしまのみこ)」「奈良神子(ならのみこ)」も参勤する。

 辰市神子の復興
 辰市村から出る神子。辰市村は春日社家の祖中臣時風、秀行兄弟が当社大宮第一の御祭神のお供えをし鹿島
より大和に来られた折、住居をどこにされるか神意をお伺いしたところ、榊を投げて落ちたる所を住居と定む旨を示
され、それが辰市村であり、社家の故地とされる。辰市村を中心とした旧神領より選出していた辰市神子を平成15年
より復興する。

③細男・相撲

 - 第三番 細男・相撲(せいのお・すもう) -

 浄衣(じょうえ)(白衣)姿に清浄感を漂わせながら騎馬で進む六人の人々は細男(せいのお)の一座である。神功皇后の
伝説に因む独得の細男の舞を演じる集団である。松の下では馬上で袖の拝をする。
 あとには、細纓老懸(さいえいおいかけ)の冠に赤や緑の袍を着た十番力士行司・支証が続く。

④猿楽

 - 第四番 猿楽(さるがく) -

 猿楽(さるがく)は能楽の古名である。後に続く田楽(でんがく)一座も盛んに能を演じていた時代があったので、今も
この名が踏襲されている。今は金春座が出仕しているが、もとは観世・金剛・宝生を含めた大和猿楽四座が出仕し、
おん祭はその格式高い競演の場として古来有名である。松の下では「開ロ(かいこう)」「弓矢立合(たちあい)」
「三笠風流」を演じ、お旅所入口では金春大夫が「埒(らち)明け」を行う。

⑤田楽

 - 第五番 田楽(でんがく) -

 華やかな五色のご幣をおし立てて、綾藺笠(あやいがさ)をつけ、編木(ささら)・笛・太鼓を持 つ集団が田楽座である。
 おん祭で行われる芸能のうちで最も興福寺と深い関係をもってきた芸能集団で、 かつては祭礼当日までのさまざまな
行事に加わっていたが、今でも16日には本社及び若宮社への宵宮詣、17日に はお渡りに先立って初宮神社(市内鍋
屋町)への初宮詣、松の下・お旅所と各所で芸能の奉納を繰り広げている。奈良一刀彫りの起源といわれる人形を飾っ
た大きな花笠を頭上に乗せた笛役の二藹(ろう)はひときわ人目を引く。松の下では「中門ロ」「刀玉(かたなだま)」「高足」
等を演じる。

⑥馬長児

 - 第六番 馬長児(ばちょうのちご) -

 山鳥の尾を頂に立てたひで笠をかぶり、背中に牡丹の造り花を負った騎馬の美しい少年は馬長児(ばちょうのちご)である。
 もとは興福寺学侶が輪番で頭人となり稚児を出していた。
 その後には、五色の短冊をつけた笹竹を持ち、龍の造り物を頭にいただき、腰に木履を一足吊り下げた従者が二人
ずつ従う。これは「一つ物(ひとつもの)」と呼ばれるが、もとは児そのものが「一つ物」ではなかったかと言われ、馬長児は
お渡り行列の一つの中心であった。

⑦競馬

 - 第七番 競馬(けいば) -

 赤と緑の錦地の裲襠装束(りょうとうしょうぞく)に身を固め、細纓冠をつけた騎者は競馬の一行である。かつては、
興福寺三綱から出された。もとは五双(二騎ずつ五回)が参道を疾走していた。
 馬出(まだし)の橋と馬止(まどめ)の橋はその時のスタートとゴール地点であった。現在は馬出橋から出発し、お旅
所前の勝敗榊まで競う。舞楽の蘭陵王と納曽利はこの競馬の左右の馬の勝負によって演奏された勝負舞であるの
で、競馬の勝敗により左舞の蘭陵王と右舞の納曽利の順番が決められる

⑧稚児流鏑馬

 - 第八番 流鏑馬(やぶさめ) -

 赤の水干に笠(つづらがさ)をかぶり、背に箙(えびら)を負い重藤(しげとう)の弓を手にした少年は揚児(あげのちご)・
射手児(いてのちご)である。大和国内の士らは華やかな流鏑馬を神前で繰り広げた。このいわば稚児の流鏑馬とも
いえるものは、かがり火をたいて夜中に催され、この時神前ではこれの前に行われた競馬の勝負の舞として舞楽が
奉納されたという。
 旧儀通り揚児を先頭に都合三騎の稚児が、一の鳥居内の馬場本を祝投扇(いわいのなげおうぎ)の所作をおえて
走り出し、一の的より三の的まで順次射ながら進んでいく。

 - 第九番 将馬(いさせうま) -

 将馬(いさせうま)は、かつて大和の大名家中より奉った引き馬の名残りで、神前に馬を献じた古習を示すものでも
あろうか。馬上には人を乗せず、その名の示すように、かつては馬をはやして勇みたたせたようである。

⑩野太刀

 - 第十番 野太刀(のだち)・他 -

 5.5メートルほどもある見事な大型の野太刀を先頭に中太刀・小太刀・薙刀(なぎなた)・数槍(かずやり)と続く。太刀・
槍などのいわばオンパレードで、お渡りにひときわ偉観を添えているが、風流行列の趣きをよく伝えるものである。

⑪大和士

 - 第十一番 大和士(やまとざむらい) -

 射手児を先頭に流鏑馬を奉納した大和武士の伝統を受け継いでいるのが、願主(がんしゅ)役・御師(おし)役・馬場役 ・
大和士などの一団である。おん祭はもとは興福寺衆徒が主宰していたが、衆徒(僧兵)国民(武士)が大小名化すると、
若宮祭礼流鏑馬願主人を名乗り、ついにはおん祭全体の主催者のようになった。彼らは六党に分れて交代で願主人等
を勤めていたが、豊臣秀吉の全国制覇で壊滅してからも、六党の一つ長谷川党の法貴寺氏人が願主人に仕立てられ、
さらに明治維新後は旧神領の人々がこれを勤めて現在に至っている。 

⑫大名行列

 - 第十二番 大名行列(だいみょうぎょうれつ) -

 大名行列は、江戸時代からお渡りに加わったもので、武家の祭礼の伝統を大和国内の郡山藩・高取藩などが受け
継いで供奉した。一時衰退してい たものを昭和54年に奈良市内の青年達の手によって大名行列保存会が 結成され、
「ヒーヨイヤナー」「ヒーヨイマカセー」「エーヤッコラサノサー」の若々しい掛け声が開かれるようになった。その後、子供
大名行列や郡山藩の行列も整えられ、お渡りの最後をしめくくるにふさわしい心意気を見せている。


                                文  世界遺産 春日大社 様より転載


 ■撮影日  2016年12月17日(土)

2016年 若宮おん祭 稚児流鏑馬

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 - 第八番 稚児流鏑馬 -

 赤の水干に笠(つづらがさ)をかぶり、背に箙(えびら)を負い重藤(しげとう)の弓を手にした少年は揚児

(あげのちご)・射手児(いてのちご)である。大和国内の士らは華やかな流鏑馬を神前で繰り広げた。

 このいわば稚児の流鏑馬ともいえるものは、かがり火をたいて夜中に催され、この時神前ではこれの前に

行われた競馬の勝負の舞として舞楽が奉納されたという。

 旧儀通り揚児を先頭に都合三騎の稚児が、一の鳥居内の馬場本を祝投扇(いわいのなげおうぎ)の所作を

おえて走り出し、一の的より三の的まで順次射ながら進んでいく。


                              文  世界遺産 春日大社 様より転載




 ■撮影日  2016年12月17日(土)

2016年 若宮おん祭 競馬練習風景



 ■撮影日  2016年12月17日(土)

2016年 若宮おん祭 競馬


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 - 第七番 競馬 -

 赤と緑の錦地の裲襠装束(りょうとうしょうぞく)に身を固め、細纓冠をつけた騎者は競馬の一行である。

かつては、興福寺三綱から出された。もとは五双(二騎ずつ五回)が参道を疾走していた。

 馬出(まだし)の橋と馬止(まどめ)の橋はその時のスタートとゴール地点であった。現在は馬出橋から出発し、

お旅所前の勝敗榊まで競う。舞楽の蘭陵王と納曽利はこの競馬の左右の馬の勝負によって演奏された勝負舞

であるので、競馬の勝敗により左舞の蘭陵王と右舞の納曽利の順番が決められる。

                                 文  世界遺産 春日大社 様より転載




 ■撮影日  2016年12月17日(土)
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